臨済宗・妙心寺派とは

臨済宗とは

今現在、日本の仏教には様々な宗派が存在します。
その中でも臨済宗は鎌倉時代に日本に伝えられた宗派であり、他宗派同様に少数ながらの寺院および檀信徒の方々がいらっしゃいます。
そもそも日本の仏教は、奈良時代に朝鮮半島から伝わりました。
そして聖徳太子により仏教は保護され、日本に根付きます。
その後鎌倉時代に天台宗の僧であった栄西によって、中国から臨済宗楊岐派が伝えられました。

臨済宗は中国の唐の時代に、臨済義玄によって開宗されました。
あの有名な達磨さん(達磨大師)によって、インドから中国に禅宗が伝えられたのが、その少し前の中国の六朝時代(今から1500年ほど前)といわれております。

この後鎌倉時代後期から室町時代にかけて、たくさんの渡来僧により日本の禅宗は全盛期を迎えます。
臨済宗は特に大名や武家に好まれたため、京都や鎌倉を中心に多くの臨済宗寺院が建立されました。
一般庶民には少々縁遠い宗旨でありましたので全体の寺院数を見ますと約5%ほどとなります。
少数ながらも京都五山、鎌倉五山を含めて現存する観光寺院の多くが臨済宗であることもそれ故のことです。

また臨済禅は茶道・華道・書道・武道・絵画・庭園など日本独自の生活文化形態を創造したとされます。数百年たった今日も私たちの中にこれら文化が生きつづけております。

臨済宗妙心寺派

日本に伝わった後、年月を経て臨済宗は 京都 妙心寺、南禅寺、東福寺、大徳寺、天竜寺、相国寺、建仁寺 鎌倉 建長寺、円覚寺 浜松 方広寺 滋賀 永源寺 山梨 向嶽寺 広島 佛通寺 富山 国泰寺 の14派(本山)に分かれていまも布教しております。 京都五山が主に勢力を広げて行きましたが、五山とは別に独自の発展をしたのが大徳寺派や妙心寺派といった林下といわれる法系でした。
この法系は大応国師→大燈国師(大徳寺開山)→無相大師(妙心寺開山)と続き、応燈関(おうとうかん)と呼ばれるようになり独自の臨済禅を形作りました。
現在妙心寺派は臨済宗7700寺院の中で最も寺院および檀信徒が多く、寺院数は約3400ヶ寺あります。
中でも濃尾平野を中心とした愛知県・岐阜県・三重県・静岡県・長野県に多く、全体の半分以上を占めております。
名古屋にはこの地方の武士で有名な織田家や徳川家に関係ある寺院が多く、格式の高い寺院もたくさんあります。
また江戸時代以降に春日局を中心とした幕府の厚い信望を得て江戸の城下に臨済宗妙心寺派の寺院が多く建てられるようになりました。

妙心寺は京都碁盤の目の左やや上にあり13万坪という広大な敷地に七堂伽藍と46の山内寺院が歴史的風情を感じることが出来、隠れた観光名所となっております。史跡名勝地や国宝重要文化財など著しい数にのぼり日本の禅文化の宝庫と言えます。

臨済宗妙心寺派 大本山妙心寺
https://www.myoshinji.or.jp/

臨済宗妙心寺派のおしえ

生活信条
  1. 一日一度は静かに坐って、身と呼吸と心を調えましょう。
  2. 人間の尊さにめざめ、自分の生活も他人の生活も大切にしましょう。
  3. 生かされている自分を感謝し、報恩の行を積みましょう。

信心のことば
  1. わが身をこのまま空なりと観じて、静かに坐りましょう。
  2. 衆生は本来仏なりと信じて、拝んでゆきましょう。
  3. 社会を心の花園と念じて、和やかに生きましょう。